スイスの滞在許可制度の概要とその法的障壁

篠原 翼

スイス国内に長期滞在する場合には,長期滞在許可証を有していなければならない。その許可証は,査証(ビザ),滞在許可証,労働許可書の3つである。日本国籍保有者は,査証の取得は免除されているため,法的に問題となるのは,滞在許可証と労働許可証である[1]。観光目的の場合には,スイスは,シュンゲン協定圏内のため,日本人は,入国日から3ヶ月間,スイス国内に滞在することが可能であり,特別な申請書類を必要としない[2]

まず滞在許可証は,スイスの各州当局が外国人に対して付与する,スイス国内に滞在することを認める証明書である。この許可証は,スイス連邦政府が担当するのではなく,滞在先の各州がその業務を担っている[3]。そのため,スイス連邦政府やスイス大使館等は,滞在許可証の発給権限を有していないため,フランス語やドイツ語など,スイスの公式言語を扱うことができる場合には,滞在先の州当局に直接連絡するほうが時間を節約することができるだろう。

この滞在許可証については,外国人及び同化に関する連邦法(Loi fédérale sur les étrangers et l’intégeration,LEI)によって定められている[4]。すなわち,滞在許可証C(permit C,永住許可証)[5],滞在許可証B(permit B,長期滞在許可証)[6],滞在許可証L(permit L,短期滞在許可証)[7],派生的滞在許可証B(permit B dérivé,派遣労働者許可証)[8]が主な滞在許可証である[9]。他にも,難民滞在許可証Nやノン・ルフールマン原則に基づく滞在許可Sなど,難民法との関係性も密接に関わっているが,本稿では,取り扱わないことにする。

滞在許可証Cは,スイスに10年間滞在した通常滞在許可証Bを有する外国人に対して付与される[10]。滞在許可証Cは,政治参加の権利を除いて,スイス国籍保持者とほぼ変わらない権利を認められ,労働許可証も同時に与えられるため,スイス国内で問題なく経済活動を行うことができる。

滞在許可証Bは,スイス国内に一年以上滞在する者に対して付与される(通常滞在許可証Bとする)[11]。別稿でも解説したように,滞在許可証Bは,2つに区別される[12]。すなわち,①ヨーロッパ用滞在許可証Bと②第三国用滞在許可証Bである。通常滞在許可証Bは,滞在許可証と労働許可証がセットになっており,スイス国内で経済活動を行うことが認められている。また,ヨーロッパ用滞在許可証Bは,欧州連合域内の国籍を有している者に対して付与され,労働許可証が入国と同時に付与され,経済活動が認められている。

しかし,第三国用滞在許可証Bは,さらに2つに区別される。❶経済活動可能な滞在許可証Bと❷経済活動ができない滞在許可証Bである。後者は,学生ビザとも言い換えることができるが,この滞在許可証でスイスに入国した場合,スイス国内で経済活動をすることは,一部の例外を除き,認められないことになる。この滞在許可証から前者の許可証に切り替えるためには,スイス国籍保有者と婚約をする(家族呼寄せ制度,regroupement familiale)か[13],滞在許可申請を行なってくれる雇用主を見つけるか[14]の2つしか手段がない。

この二択の場合,後者は, 学生滞在許可証(経済活動のない滞在許可証)で入国する場合には,それを経済活動可能な滞在許可証に切り替えることは,制度上可能であるが,自力では不可能である。また,当該雇用主は,スイス法上,スイス人,ヨーロッパ人,第三国出身者の順番で労働者を雇用しなければならず,第三国出身者を雇用する場合には,スイス人およびヨーロッパ人が見つからず,当該第三国出身者でなければならないことを担当当局に説明し,さらにその申請のために申請費用を負担しなければならない。そのため,この法的障壁を乗り越えて雇用しようとする雇用者にとって,日本人を雇用することは非常に困難となるだろう。その点,家族呼寄せ制度でスイス国内に滞在しようとする者は,その婚姻関係が事実であることを証明しなければならない。それを乗り越えた後には,短期間で婚姻関係が解消されない限りは,スイス入国後10年間につき長期間スイスを離れることなくスイス国内に滞在した者には,永住許可証Cが与えられることになる。

以上のように,スイスの外国人法制度は,非常に難解かつ巧妙に設計されており,制度上は可能であっても,実質的には不可能な点が多い。例えば,制度上は,学生滞在許可証から通常滞在許可書Bへの移行は可能であるが,そのための法的障壁が大きすぎるがゆえに,実質的には不可能となっている。その一番の理由は,スイスが小国であることであるゆえ,スイス人のための労働市場を確保することにあり,スイス人にとってもスイス国内で仕事を獲得することは非常に困難であるからである。そのため,法制度によって,スイス人の労働市場を保証することによって,自国民保護を図っている。さらに,外国人に対して与えるポストを高度な教育レベルや職歴を求め,それに対する高い賃金を与えることによって,外国からの教養人や高度職業人を呼び寄せることができるように法制度がつくられているといえるだろう。つまり,スイスは,国内法によって,自国民のための労働市場を保護しながら,外国からの高度職業人を獲得するための制度を巧妙に作り上げているのである。これを可能としている点は,欧州連合の加盟国ではないこと(EU法に拘束されずに独自で法制度を構築できること)と小国であること(労働市場が大きくないこと)であると思われる。


 明治大学修士課程修了(LL.M)・ローザンヌ大学修士課程修了(LL.M),ローザンヌ大学博士課程(PhD.)。

[1]日本人のスイス渡航に関する査証免除については,以下のウェブサイトを参照せよ。https://www.sem.admin.ch/sem/en/home/publiservice/weisungen-kreisschreiben/visa/liste1_staatsangehoerigkeit/j.html.

[2] 日本人は,3ヶ月以上の滞在についても,査証取得を免除されている。しかし,コロナ禍では,シュンゲン協定による査証免除がなくなり,長期滞在許可証を保持している場合,又は例外的な入国を許可された者以外でのスイスへの入国は,禁止されている。https://www.ch.emb-japan.go.jp/itpr_ja/11_000001_00052.html.

[3] ch.ch, “Autorisations de séjour – aperçu et prolongation”, available at https://www.ch.ch/fr/demander-prolonger-autorisation-sejour/

[4] RS 142.20. 

[5] Article 34 de la LEI. 

[6] Article 33 de la LEI. 

[7] Article 32 de la LEI. 

[8] Article 22 de la LEI. 

[9] 学生の滞在許可証については,別稿ですでに論じているため,そちらを参照せよ。篠原翼「スイスにおける外国人学生の滞在許可と労働許可について」,Swiss -Japanese Legal Research Blog, 2020年8月3日掲載(https://swissandjapanlegaltsubasa.com/2020/08/03/スイスにおける外国人学生の滞在許可と労働許可/)。

[10] Article 34, al. 1 (a) de la LEI. 

[11] Article 33, al. 1 de la LEI. 

[12] Supra note 9. 

[13] Article 42 et seq. de la LEI (Chapitre 7). 

[14] Article 11 et Article 18 et seq. de la LEI. 

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